一家に1枚「ウイルス」

ウイルス感染症と社会

ウイルスから魚たちを守れ! 〜魚のウイルス感染を防ぐために〜

水産養殖と魚病ウイルス

日本ではブリやサケのほか甲殻類、貝類など多くの魚介類が養殖されており、その産出額は2020年の統計で5,303億円、漁業全体の約40%に上ります。養殖場には限られたエリアに多くの個体がいるため、一度ウイルス感染が起こるとすぐに拡がり、大きな被害となることがあります。ウイルスなどの感染症から魚介類を守ることは、水産業にとって重要な課題といえます。日本では農林水産省を中心に、水産動物の感染症を防ぐための様々な対策を進めています。

農林水産省「漁業産出額」に基づき作成:画像
農林水産省「漁業産出額」に基づき作成
ウイルスに感染した養殖コイ(写真提供:東京海洋大学 佐野元彦):画像
ウイルスに感染した養殖コイ(写真提供:東京海洋大学 佐野元彦)
Cyprinid Herpesvirus 2の電子顕微鏡写真(写真提供:東京海洋大学 佐野元彦):画像
Cyprinid Herpesvirus 2の電子顕微鏡写真(写真提供:東京海洋大学 佐野元彦)

魚介類をウイルスから守るために ①病原体を持ち込まない、素早く見つける

水産物は国をまたいで取引されています。中でも輸入は、海外から病原体が持ち込まれ得るタイミングといえます。過去には、輸入によって国内で確認されていなかった新しい魚病が拡がり、大きな被害を受けたことがありました。そこで、農林水産省は水産物の病気を持ち込ませない、さらに国内でまん延させないために2つの法令(水産資源保護法、持続的養殖生産確保法)を定め、対策を取っています。
持続的養殖生産確保法は、国内で指定されている疾病に罹っていることが判明した場合に、感染した水産物の移動を禁止したり、殺処分することで他の養殖場に感染を拡げないための法律です。水産資源保護法は、海外から魚病が持ち込まれるのを防ぐための法律で、水産物が指定された疾病に罹っていないことを証明しなければ国内に輸入できません。
このほか、現場でウイルスをいち早く見つけることも重要です。近年では、ウイルスや細菌などを検出するために、遺伝子診断をはじめとする技術が数多く開発されています。このような技術を用いて異常な魚や発症した魚を速やかに検査するほか、魚病の種類によっては発症の有無にかかわらずPCR(※1)等により定期的に検査されることもあります。

魚介類をウイルスから守るために ②飼育環境の衛生化

養殖場は自然界と比べて過密な状態で魚を飼育するため、食べ残した餌や排泄物が蓄積し、水質が悪化しやすい環境です。そこで、飼育環境を適切に管理するために、魚介類の飼育数や与える餌の量を調整するほか、飼育水温の調節、飼育用水の消毒・殺菌など多くの衛生管理が行われています。
とくに、飼育用水は大量に処理するため、ウイルス除去効果とコストパフォーマンスのどちらも兼ね備えた方法が必要です。現在、紫外線、オゾン、電気分解などが飼育用水の殺菌・消毒に使われています。また、排水の殺菌・消毒も重要です。なぜなら、陸上養殖(※2)では沿岸海水が使われており、汚染された海水をそのまま排出することで、ウイルス感染を繰り返す可能性があるからです。このように、ウイルスフリーな養殖環境を維持するために、様々な手段を組み合わせた衛生管理が行われています。

魚介類をウイルスから守るために ③魚を強く、健康に

魚病ウイルスの中には親から子へウイルスが伝播するものがあるため、ウイルスに感染していない種苗(※3)をつくることが重要です。これまでの研究で、魚の卵子や精子にはウイルスが吸着することがわかっています。そこで、卵は表面を消毒した後、病原体のいない飼育用水で管理されています。魚種によって卵の大きさや膜の厚さが異なるため、それぞれに合った消毒剤の使用条件が検討されています。その後、孵化した稚魚はウイルス汚染のない飼育用水で隔離飼育されます。
感染症を予防する目的で、一部のウイルスに対してワクチンも開発されています。ワクチンは関連する法令で使用基準が決められており、養殖業者は水産試験場などの指導機関から指導を受けながら適切にワクチンを使用しています。
さらに、魚自体を強くするために病気に強い品種をつくりだす育種も行われています。耐病性を形質にもつ品種を選び、それらの交配を繰り返す「選抜育種」のほか、近年目覚ましい発展を遂げている分子遺伝学技術を用いた「分子育種」に関する研究が進められています。

魚介類をウイルス感染から守るために:画像