一家に1枚「ウイルス」

人類との関わりの歴史

旧約聖書にも書かれている!?牛疫

牛疫とは

牛疫は、パラミクソウイルス科モルビリウイルス属の牛疫ウイルスによって引き起こされる、ウシの感染症です。牛疫は古くから知られており、紀元前2000年ごろの古代エジプトのパピルスにも牛疫と考えられる記載があります。英語ではrinderpestと呼び、「ウシの疫病」を意味します(ドイツ語で「rinder」ウシを、「pest」は疫病を意味します)(1)。牛疫は伝染力が強く、感染した動物の死亡率も極めて高いことが知られています。特徴的な症状として、発熱、鼻汁やよだれなどの多量分泌、激しい下痢などが挙げられます(2)。欧州では18世紀の間に2億頭以上の牛が死亡したと推定されています(3)。

麻疹の親

ヒトの麻疹もウイルスによる感染症です。麻疹ウイルスと牛疫ウイルスは同じパラミクソウイルス科モルビリウイルス属のウイルスで、なんとその遺伝子配列は70%以上同じである近縁なウイルスです。麻疹ウイルスは牛疫ウイルスが変異しヒトに感染できるようになったウイルスだと考えられています(4、5)。

旧約聖書にも登場!?

旧約聖書の出エジプト記には「翌日、主はこの事を行われたので、エジプト人の家畜はすべて死んだが、イスラエルの人々の家畜は一頭も死ななかった。」(新共同訳より)という一節があります。拡がり方や症状から、このときにエジプトで発生した疫病は牛疫だったのではないかと考えられています(6、7)。

ヨーロッパでの牛疫の大流行の起因?

牛疫ウイルスは全てのウシに対して高い病原性を示すわけではありません。グレイステップ牛は牛疫ウイルスに感染してもほとんど症状を示さないと言われています。かつてモンゴル帝国軍が進軍した際、ヨーロッパにグレイステップ牛をもちこみ、進軍した場所で飼育されていた抵抗性の低いウシに、牛疫を知らず知らずのうちに拡げたと考えられています。これがヨーロッパでの牛疫の大流行の起因となったとされています(8)。

世界初の獣医学校設立のきっかけ

牛疫の流行はヨーロッパ社会に大きな影響を与えてきましたが、最も流行していた18世紀にはまだ獣医師という職業は存在しませんでした。1761年、フランスでの牛疫の流行をくいとめるため、世界で初めて獣医師を育成する学校が誕生します(9)。

18世紀オランダにおける牛疫の流行(Wikimedia Commons、パブリックドメイン):画像
18世紀オランダにおける牛疫の流行(Wikimedia Commons、パブリックドメイン)

人類が2番目に撲滅したウイルス感染症

2011年、OIE(国際獣疫事務局、現在のWOAH)は牛疫の撲滅を宣言しました(10)。牛疫の撲滅プログラムが功を奏し、2001年の発生を最後に牛疫の発生がみられなくなったためです。天然痘に続き、人類が撲滅した2番目の感染症となりました。
この牛疫の撲滅には、日本で開発されたワクチンが大きく貢献しています。牛疫に対する最初のワクチンは1917年に日本人が開発したものです。その後1953年に開発されたワクチンは中国や東南アジアでの牛疫撲滅プログラムに大きく貢献し、1962年に新たな弱毒生ワクチンが開発されるようになるまで広く用いられました (11)。日本で開発された牛疫ワクチンは2016年にOIEにより牛疫撲滅プログラムで使用する世界標準ワクチンに登録され、現在は備蓄ワクチンとして管理されています(12、13)。