一家に1枚「ウイルス」

自然環境中のウイルス

あなたも驚くかも!カビのウイルスがクリの木の味方になる!?

真菌に感染するウイルス「マイコウイルス 」

皆さんはカビに感染するウイルスが存在することをご存知でしょうか(注1)。本稿では、真菌に感染するウイルスである「マイコウイルス」についてご紹介します。ちなみに真菌とは糸状菌(キノコをつくる種を含む)や酵母などの生物の総称です。マイコウイルスは真菌に感染するウイルスの総称です。「マイコウイルス」の発見が報告されたのは1962年と、「ウイルス」が初めて発見された1892年から70年も後のことです(1)。細菌に感染するウイルス、「バクテリオファージ」の発見(1915年)から比べてもかなり後のことです(2)。今までに知られているマイコウイルスの主要な感染経路は、余裕がないので、今回は入れないこととさせていただきます。宿主菌間の細胞融合による水平伝搬経路、ならびに、宿主菌の胞子形成による垂直伝搬経路です(3)。すなわち、マイコウイルスは、宿主細胞の外に粒子として出なくても感染を拡大することができるのです。そんなマイコウイルスですが、私たちの生活に関わる重要な役割も果たしてきました。

マイコウイルスが植物を救う!?

マイコウイルスが人間社会の役に立った例として、世界三大樹木病害の一つに数えられる「クリ胴枯病」の治療が挙げられます。クリ胴枯病は、クリ胴枯病菌(Cryphonectria parasitica)という糸状菌がクリの木の傷口から感染することより、クリの木が枯死してしまう病気です(4)。クリ胴枯病菌は、もともとはアジアに生息していましたが、20世紀初めから半ばにかけて北アメリカやヨーロッパでも見つかり猛威を振るいました。そのうちヨーロッパにおいて、クリの木がクリ胴枯病菌に一旦感染したにも関わらず、枯死せずに回復するという現象が見つかりました。そのような木から単離された低病原性(Hypovirulence)の菌株を調べたところ糸状菌の細胞の中からウイルスが見つかりました。ウイルスは宿主である糸状菌を殺しはしないものの、生育を弱らせて菌の病原性を抑制していることがわかり(3)、“Hypovirulence”を由来として「ハイポウイルス(注2)」と名付けられました(5)。その後、ウイルスがいない菌株に感染したクリの木の傷口の周りに、ハイポウイルスに感染した菌株を塗り、菌の集団全体にウイルス感染を広げて病原性を低くする治療方法が確立されました(6)。こういった「マイコウイルスを用いて植物病原糸状菌を防除する方法」は、「ヴァイロコントロール(virocontrol)」と呼ばれています(7)。今のところヴァイロコントロールが実用化されているのはクリ胴枯病菌の例のみですが、世界各地の研究機関において様々な病原菌を対象としてヴァイロコントロールの実用化に向けた基礎研究が進められています(8)。近年では、植物病原菌の病原性を無くすだけに留まらず、「植物病原菌(菌核病菌)」を「植物(セイヨウアブラナ)の生育を促進する有益な菌」に変えてしまうようなマイコウイルスも見つかっています(9)。

生態系に存在する様々なマイコウイルス

マイコウイルスの役割は、植物病原菌を弱体化させることだけではありません。例えば、『A Virus in a Fungus in a Plant: Three-Way Symbiosis Required for Thermal Tolerance』という論文において、アメリカ合衆国のイエローストーン国立公園に生息する植物から、宿主菌を介して植物に高温耐性を与えるマイコウイルスが見つかったことが報告されています(10)。この論文では、マイコウイルスが感染した真菌と共生する植物は、一時的に65°Cとなる高温環境でも生育可能だったことが報告されています。植物以外にも、動物と真菌の関係に対するマイコウイルスの働きについても研究が進みつつあります(11)。
近年、生物やウイルスの遺伝子情報を解析する技術が発展してきた結果、意外にも多くの真菌がマイコウイルスに感染していることが明るみになりつつあります。例えば2019年に、チャワンタケ亜門に属する真菌の公共遺伝子発現情報データベースを探索した結果、約8%のデータセットからウイルスが見つかったという報告がなされました(12)。この論文のタイトルには『Hiding in plain sight』という表現が用いられました。つまり、マイコウイルスはまだまだ『丸見えなところに隠れている』ことが示唆されました。今後、これまで見過ごされてきたマイコウイルスの存在と役割を明らかにしていくことで、ヴァイロコントロールなどのマイコウイルスの活用の手がかりを得ていくことが期待されます。

ウイルス感染により花が縞模様になったチューリップ(写真提供:大島一里(佐賀大学))
クリの木へのクリ胴枯病菌の接種実験結果[左:ウイルスが感染していない菌を接種した木、右:ウイルス(Cryphonectria hypovirus 1, CHV1)に感染している菌を接種した木](写真提供:鈴木信弘(岡山大学))