一家に1枚「ウイルス」

自然環境中のウイルス

海にいるのは人間にとって良いウイルス?

海の中にもウイルスが?

ウイルスといえば病気を引き起こす悪いものといったイメージが強いですが、実は身の回りのいたるところに存在することを知っていますか? 1989年、ノルウェーの研究チームが海水に膨大な量のウイルスがいることを報告しました。彼らは、海水から超遠心機(※1)によりウイルス粒子を集め、電子顕微鏡(※2)で観察しました。すると、1ミリリットル(mL)あたり、約1,000万(10の7乗)個ものウイルス粒子が存在することがわかったのです。こうして、海の中のウイルスが世界の研究者たちから注目されるようになりました。とある試算によれば、海洋には約10の30乗個のウイルス粒子が存在するとされています。例えるなら、海洋に存在するすべてのウイルス粒子を隣り合わせに並べていくと、その長さは1000万光年にも上ります。その多くはバクテリオファージ(細菌に感染するウイルス)ですが、実際にはもっと多くの数のウイルス粒子が存在するとも考えられています。

海底の泥から見つかった巨大ウイルスの電子顕微鏡像(写真提供: 高知大学 舘石尚久):画像
海底の泥から見つかった巨大ウイルスの電子顕微鏡像(写真提供: 高知大学 舘石尚久)

地球の物質循環とウイルス

海洋でウイルスが植物性プランクトンなどの宿主に感染すると、宿主の細胞は破壊され、そこから有機物が放出されます。破壊された細胞の有機物は、栄養素として他の微生物に取り込まれたり、海底へと沈んだりします。このように、ウイルスは宿主への感染によって、海洋の物質循環にも寄与していると考えられています。

海洋のウイルスと物質循環の関係(BioRender (https://biorender.com)を使用して作成):画像
海洋のウイルスと物質循環の関係(BioRender (https://biorender.com)を使用して作成)

ウイルスで赤潮が消える?

赤潮は植物性プランクトンなどが異常に増殖し海の色が変わる現象です。赤潮の原因となるプランクトンには有害な種があり、水域に棲む生物に被害を与えることがあります。この赤潮が消失する要因のひとつが、ウイルスです。ウイルスが感染した植物性プランクトンは死滅(溶藻)します。これがウイルス感染により赤潮が消失する仕組みです(注1)。世界で初めて単離(※3)された藻類ウイルスは、1967年に発見されたラン藻に感染するファージ(シアノファージ)でした。その後、緑藻やクロレラ、褐藻、円石藻、渦鞭毛藻などの様々な植物性プランクトンから藻類ウイルスが単離され、研究されてきました。藻類ウイルスやその宿主は、同じ見た目の同じ種であっても、遺伝的には異なる集団が水の中に棲んでいます。藻類ウイルスはそのような宿主の遺伝的な多様性にも影響することがわかっています。赤潮の消失にウイルスが関係しているということは、藻類ウイルスは人間にとって良いウイルスといえるかもしれません。

ヘテロシグマ・アカシオ(植物性プランクトンの一種)による赤潮の様子(左:ボートから撮影した様子/右:バケツで汲んだ赤潮海水):画像
ヘテロシグマ・アカシオ(植物性プランクトンの一種)による赤潮の様子(左:ボートから撮影した様子/右:バケツで汲んだ赤潮海水)
植物性プランクトンの一種であるヘテロカプサ・サーキュラリスカーマ(左)がウイルスに感染した後(右):画像
植物性プランクトンの一種であるヘテロカプサ・サーキュラリスカーマ(左)がウイルスに感染した後(右)
ヘテロシグマ・アカシオ(植物性プランクトンの一種)の細胞断面の電子顕微鏡像(左:ウイルスが感染していない細胞/右:ウイルスに感染した細胞)N: 核, CH: 葉緑体, VP: ウイルス粒子, M: ミトコンドリア, FP: 脂肪滴, G: ゴルジ体:画像
ヘテロシグマ・アカシオ(植物性プランクトンの一種)の細胞断面の電子顕微鏡像(左:ウイルスが感染していない細胞/右:ウイルスに感染した細胞)N: 核, CH: 葉緑体, VP: ウイルス粒子, M: ミトコンドリア, FP: 脂肪滴, G: ゴルジ体
ヘテロシグマ・アカシオ(植物性プランクトンの一種)に感染するウイルスHaV(ヘテロシグマ・アカシオウイルス)の電子顕微鏡像(直径 約200 nm):画像
ヘテロシグマ・アカシオ(植物性プランクトンの一種)に感染するウイルスHaV(ヘテロシグマ・アカシオウイルス)の電子顕微鏡像(直径 約200 nm)