一家に1枚「ウイルス」

自然環境中のウイルス

熱水などの極限環境に潜むバラエティ豊かな古細菌ウイルス:生命の起源との関わり

そもそも、古細菌(Archaea)とは?

細胞を持つ生物は、古細菌(Archaea)、細菌(Bacteria)、真核生物(Eukarya)の3ドメイン(domain)に大きく分類されます。真核生物は皆さんよくご存じの、動物、植物、ミジンコ、アメーバ、パン・ビールを作る酵母などの「核」を持つ生物です。細菌は、核を持たない単細胞微生物で、ヨーグルトを作る乳酸菌や、お腹の中にいる大腸菌など、我々に病気を起こすものなども含め、私たちの身近なところに沢山います。

ではその古細菌はどのような環境に生息しているのでしょうか。歴史的には最初に見つかった古細菌は、塩濃度の高い環境、例えば塩湖などから見つかった好塩性古細菌(halophilic archaea)です。好塩性古細菌は、水に乏しい砂漠などからも見つかっています。その次に、沼地の泥の中や動物の腸管内など、低酸素環境でメタンガスを作るメタン生成古細菌(methanogenic archaea)、そして1970年代以降に各地の熱水中から見つかった好熱性古細菌(thermophilic archaea)などが代表的です。このような特殊環境に生息する微生物を極限環境微生物(extremophile)と称し、古細菌はその代表格です。その他にも、海や湖などの水圏や、一般的な土壌など、実は身近な環境にも古細菌は生息しています。そのような身近な古細菌は窒素をはじめとした物質循環などにも関わっていため、地球上で重要な存在です。しかし培養が難しいため、その詳細がわかってきたのはつい最近のことです。

高い温度を好む好熱性古細菌についてもう少し詳しく解説します。ひとえに高温と言っても、温度帯によって生息する微生物(さらにそれらに感染するウイルス)は様々です。例えば低温調理や牛乳などの低温殺菌に用いられる50-70℃ほどの温度域の温泉などには、細菌が多く生息しています。このような菌は好熱性細菌(thermophilic bacteria)と呼ばれます。培養が可能な古細菌が多く存在するようになるのは、だいたい75℃以上になります。細かい定義は割愛しますが、好熱菌の中でも80℃以上でよく増殖するものを超好熱菌(hyperthermophile)と呼びます。80℃以上の高温を好む微生物は多くが古細菌で、90℃以上はほぼ全て古細菌、深海由来のものや100℃以上で培養できるものは例外なく全て古細菌です。

細菌ウイルス(バクテリオファージ)について

細菌ウイルスには、まるで一部の細菌が食べられてしまったかのように細菌が増殖しなくなる現象から発見されたため、「食べる」を意味するphagosから、バクテリオファージ(bacteriophage)、または単にファージ(phage)と称されます。しかし、後述する古細菌の業界では「古細菌ウイルス」という表現が頻繁に用いられるため、本稿ではバクテリオファージのことを「細菌ウイルス」と呼ぶこととします。

前節で説明した通り、細菌は、我々の健康や生活とも密接に関連した微生物で、長い研究の歴史があります。ヒトを含めた動物の腸管(糞便)、表皮、口腔内、さらに土壌、海水、河川、温泉、深海の泥、高い山の上、雨水、雪、極地、などなど、ありとあらゆる環境から多くの細菌が単離培養されており、それらは系統学的に非常に多岐にわたります。細菌ウイルスも100年以上の研究史があり、様々な環境から多くのウイルスが発見されています。面白いことに、そのような様々な細菌に感染する細菌ウイルスは、どこから採取したサンプルからも、だいたい同じようなウイルスが見つかっています。培養されている細菌ウイルスの95%ほどが、正二十面体の頭部とそこから伸びる尾部からなる構造をしています。まるで月着陸船のような構造をしたこのウイルスはhead-tail phageと称され、細菌ウイルスを代表する形状です。凍りそうな冷たい河川・海から、70℃の高温温泉まで、単離されている好熱性細菌ウイルスの9割ほどがこのhead-tail型ウイルスです。このタイプのウイルスは、head-tail phageの他に、caudovirusなどとも呼ばれます。残りの数パーセントの細菌ウイルスは、正二十面体だったり線状に伸びた形だったり、いくらか多様性はあります。

細菌ウイルス-1(超好熱菌編)

ウイルス学、細菌ウイルス学などには100年以上の研究の歴史がある一方で、古細菌ウイルスの研究はようやく1980年代から始まりました。僅か40年ほど前です。前述したように細菌とは性状の異なる「古細菌」自体の存在が認知され始めたのが1977年、ドメインとして提唱されたのが1990年以降ですので、当然と言えば当然かもしれません。

地球上の様々な環境に生息する古細菌のうち、ウイルスの面で最初に脚光を浴びたのは、熱水系に生息する超好熱古細菌です。最初に発見された超好熱古細菌ウイルスは、1983年にドイツの研究グループがアイスランドの93℃の温泉から発見された粒子形状がひも状・線形のTTV1でした(1)。培養温度は88℃と高温ですが、線形のウイルスは細菌ウイルスなどでも発見されていたため、この時は特に大きな注目は集めませんでした。同じドイツの研究グループがその次に発見したのは、日本の別府(大分県)にある酸性温泉から好酸性好熱菌Sulfolobus属(培養pH2-3, 温度75-80℃)を宿主として単離したSSV1でした。このウイルスは、粒子形状がレモン型という特徴的な形をしていました。それまで、レモン型をしたウイルスの報告は皆無で、「変わった環境に存在する変わった形の新しいウイルス」として注目されました。1990年代から2000年代にかけて、同じドイツやさらにアメリカの研究グループなどが、アイスランド、アメリカ(イエローストーン国立公園)をはじめとした世界各地の高温温泉から、主に先の好酸性好熱菌Sulfolobus属を宿主とするものを中心に、様々な形のウイルスを報告しました。その中には、球形や線形など他でも見つかるような形状のものもありましたが、ビール瓶(ドイツの研究グループなので、ワインよりもビールが適当かと)や、先のレモンの両端が伸びたようなものなど、やはり他のウイルスでは全く観察されなかった奇妙な形状のウイルスが多数発見されました。またそのゲノム上にコードされる遺伝子も多くがゲノムデータベース上のあらゆる配列とも相同性が無い、由来不明遺伝子でした。これらの好熱性古細菌ウイルスの多くは、ウイルス分類学上、既存の分類群とは異なり、(当時の)ウイルス分類学上最上位の分類群である科に新しい科として追加されました。2000年代中頃には、「古細菌のウイルスは、細菌ウイルスとは何か根本的に異なるのかも」「細菌ウイルスよりも古細菌ウイルスの多様性の方が高いのかも」という認識がされるようになりました。

その後、Sulfolobus属以外を宿主とする超好熱古細菌ウイルスも徐々に培養株が得られるようになりました。日本の望月らのグループは、海洋性の超好熱菌であるAeropyrum属や陸上温泉由来の超好熱菌であるPyrobaculum属(ともに培養温度90-95℃、pH7)などからもウイルスを発見しました。その中には、レモン型、線形、水滴型、などに加え、今度はバネ・コイル型という珍しい形状のウイルスなどもありました。

日本の望月らのグループが発見した、レモン(紡錘)型のAPSV1(左)とバネ・コイル型ACVの超好熱古細菌ウイルス。ともに培養温度は90-95℃。:画像
日本の望月らのグループが発見した、レモン(紡錘)型のAPSV1(左)とバネ・コイル型ACVの超好熱古細菌ウイルス。ともに培養温度は90-95℃。

古細菌ウイルス-2(好塩菌、メタン生成菌、その他)

厳密には、最初に発見された古細菌ウイルスは1970年代に発見された好塩性古細菌ウイルスです。ただしその頃は「古細菌」という概念がなく、また細菌のウイルスによく見られるhead-tail型ウイルスだったため、特に衝撃的な発見というわけではなかったようです(とは言え、Nature誌に掲載されたので、黎明期である微生物学において大きなインパクトがあったのは事実です)(2)。その後も様々な好塩性古細菌のウイルスが単離されましたが、その多くがhead-tail型のcaudovirusでした。好塩性古細菌は、培地に過剰量の塩を添加するだけで培養可能で、培養温度も普通の細菌と同じ37℃前後のものが多いため、培養に特殊な装置を必要とせず、寒天平板培地でも良好に増殖します。そのため、ウイルス単離法でよく用いられるプラークアッセイが簡単に行えることもあり、多くの単離株が得られています。単離株の総数では、古細菌ウイルスの半分以上が好塩性古細菌を宿主とするものです。そしてそのほとんどが、head-tail型のcaudovirusです。

その他に、やはりレモン型ウイルスも好塩性古細菌からも発見されています。また、タンパク質の殻(カプシド)を持たないという珍しい特徴を持った不定形Pleolipoviridae科ウイルスも見つかっています。このPleolipoviridae科は、同じ科の中に一本鎖DNAウイルスと二本鎖DNAウイルスが混在しているという、これまた珍しい特徴も併せ持っています。

好塩性古細菌の近縁種には、メタンを作るメタン生成古細菌(methanogen)も含まれます。メタンをエネルギー源として生育するメタン資化性菌には細菌もいますが、メタンを作るのはメタン生成古細菌だけです。メタン生成古細菌は、酸素が枯渇した淡水圏の底泥中(身近な例では田んぼや沼地の泥の中)や、ヒトを含む動物の腸管内などに生息しています。これらのメタン生成古細菌からもhead-tail型caudovirusやレモン型ウイルスなども発見されています。メタン生成古細菌は、深海の熱水孔にも生息しています。その中には超好熱性の特徴も併せ持った、超好熱メタン生成古細菌も存在します。先に紹介した超好熱古細菌(分類学的には、古細菌ドメインの中のCrenarchaeota門)の一群からはhead-tail型caudovirusは1例も発見されていませんが、この超好熱性メタン生成古細菌(古細菌ドメインのEuryarchaeota門)からは、85℃で感染するhead-tail型caudovirusが最近になって発見されました (3)。

序盤で古細菌を、極限環境を好む菌、と紹介しましたが、実は我々の身近な環境にも古細菌は生息しています。その辺の土壌や水圏(湖や海など)にも古細菌は生息しています。このような古細菌は、例えば環境中のアンモニアを酸化するなど地球環境を維持する上では重要な存在ですが、培養が難しいため、今世紀に入ってからようやく一部が培養できるようになりました。近年、このような非極限環境由来の古細菌のウイルスも報告されるようになり、やはりレモン型ウイルスも単離培養されました。レモン型ウイルスは、古細菌の中ではあらゆる系統・環境から見つかっているウイルスです。その反面、細菌や真核生物などからは1例も報告されていません。そのため、古細菌ドメインのウイルスを象徴する存在と言えます。

考察:太古のウイルス

約40億年前に誕生した生命は徐々に進化し、まずは細菌と古細菌に分かれ、その後真核生物が誕生し3つのドメインが形成されました。「細菌と古細菌に分かれ」る直前の細胞は、現在の全ての(細胞性)生物の共通祖先であることから、LUCA (Last Universal Common Ancestor)と呼ばれています。はっきりとした年代はわかっていませんが、おおよそ、35億年以上前の存在と考えられています。

「LUCAの時代にはどんなウイルスが存在したか?」
これについては少し前(20世紀)まで具体的なことはほとんど何もわかっていませんでした。おそらく何かしらのウイルスはいたんじゃないか、という憶測程度でしかありませんでした。しかし2000年代に入り主に好熱性の古細菌ウイルスが続々と発見されてから、祖先系統がLUCAの時代に遡ると考えられているウイルス系統がいくつか報告されています。
これまでに、少なくとも下記の3系統はその祖先系統がLUCAの時代に存在したことが考えられています。

・正二十面体のDouble jelly-roll構造の殻タンパク質を持つ二本鎖DNAウイルス群(細菌:PRD-1ウイルス、古細菌:TTIV、真核生物:アデノウイルス等)
・正二十面体の二本鎖DNAウイルス群(好熱性細菌:IN93、好塩性古細菌:SH1、等)
・head-tail型の二本鎖DNA caudovirus

注目すべき点は、現時点でLUCAの時代に存在したと考えられているのは全て二本鎖DNAウイルスであることです。このことは、LUCA以前に起きた「生命の起源」を考察する上でも重要なポイントです。では最後に、(超好熱性)古細菌ウイルスの多様性からアプローチする生命の起源に関しての考察を紹介します。

考察:(超好熱性)古細菌ウイルスと生命の起源

ウイルスは生物と非生物の中間的な存在、とよく紹介されます。そもそもウイルスが生物か否か、は古くから続いている議論でもあります。生命の起源を考察する上で、ウイルスは重要な存在だと考えられています。

これまで紹介したように、古細菌ウイルスはその形状や遺伝子配列が多様です。その一方で、これまでに報告されている古細菌ウイルスは全てDNAウイルス(大半が二本鎖DNAウイルス、ごく一部が一本鎖DNAウイルス)で、今現在(2023年時点)に至るまで、RNAウイルスは1種類も報告されていません。この点は、ウイルスの多様性の観点のみならず、生命の起源などの面からも重要なポイントです。ただし、本当に古細菌においてRNAウイルスが存在しないのか、それともまだ発見されていないだけなのか、については見方が様々です。

生物は、約40億年前に、熱水環境においてRNAゲノムを持つ存在として誕生したとする説があり、これを「RNAワールド仮説」と呼びます。「RNAワールド」に関しては、化学的観点や生物学的観点など、研究者により考察の観点が異なりますが、今回は「最初の生命はRNAゲノムを持っていた」とする生物学的な観点について考察します。

話を熱水中のウイルスに戻します。繰り返しになりますが、古細菌においてRNAウイルスは1つも発見されていません。細菌ウイルスではRNAウイルスはいくつか報告されています。しかし細菌においても、これまでのところ高温環境からは1つも報告されていません。宿主が細菌であれ古細菌であれ、熱水系にRNAウイルスは存在しているのでしょうか。もし存在しないとなると、RNAワールド仮説は再検証を要することになるかもしれません。一方で、存在したとしてもその温度に上限があるとすれば、生命の起源はおそらくその上限温度より低い温度帯で誕生した説も考えられるかもしれません。古細菌ウイルスも生命が誕生した環境を知る手がかりとなるかもしれません。

また前節で紹介した通り、LUCAの時代に存在したと考えられているウイルス系統は全て二本鎖DNAウイルスです。その時点でRNAウイルスが存在したか、なども、熱水環境からRNAウイルスが発見されるか否かにより、全体像が大きく変わってくるでしょう。

(制作協力者談)このような数十億年にわたる生命進化の壮大なロマンも追い求めながら、これからも世界各地の熱水環境(温泉)を巡り、未知のウイルスのハンティングを続けたいと思っています。