一家に1枚「ウイルス」

自然環境中のウイルス

常識を覆す巨大ウイルスの発見

巨大ウイルスとは

ウイルスはかつて「ろ過性病原体」と呼ばれ、一般的な滅菌用ろ過フィルター(孔径は0.2マイクロメートル)では除去できない微小な存在であると科学者は考えていました。この常識を覆したのが巨大ウイルスです。巨大ウイルスという名称は科学的に厳密に定義されている名称ではありませんが、一般に、粒径が0.25マイクロメートル以上のウイルスを巨大ウイルスと呼びます。これまでに知られている最も大きなウイルスはパンドラウイルスです。パンドラウイルスはアメーバを宿主とするウイルスで、ウイルス粒子の長径が1.2マイクロメートルです。そのゲノムには2000個近くの遺伝子が見つかっています。小さな細菌であるマイコプラズマの大きさは0.5マイクロメートル程度で、500個近くの遺伝子をもちます。巨大ウイルスの粒子とゲノムの大きさはウイルスとしては破格で、小型の細胞性生物に匹敵する、あるいはそれを超えるものなのです。

ウイルス感染により花が縞模様になったチューリップ(写真提供:大島一里(佐賀大学))
ミミウイルスと近縁だと推測される巨大ウイルスの電子顕微鏡像(写真提供:疋田弘之(京都大学))

巨大ウイルスの発見

巨大ウイルスという言葉を科学者が使うきっかけになったのが、21世紀初頭のミミウイルスの発見です。ミミウイルスもアメーバに感染するウイルスで、粒径が0.75マイクロメートル、ゲノム長が118万塩基対、1000個以上の遺伝子を保持しています。従来科学者は、ウイルスは小さいから光学顕微鏡では観察できないと考えてきました。しかし、ミミウイルスは通常の光学顕微鏡で容易に観察できました。そのため、研究者は当初、ミミウイルスのことを細菌の一種と間違えてしまったほどです。しかし、研究が進み破格の大きさのウイルスであることが判明しました。

巨大ウイルスは未知の宝庫

一般的なウイルス(注1)はウイルスゲノムの複製やウイルスmRNAの転写に関する遺伝子をもっていますが、ウイルスタンパク質の合成には宿主の翻訳機構を利用するので、翻訳に関連した遺伝子をもっていません。しかし、ゲノム解析によりミミウイルスが翻訳関連遺伝子を複数保持していることも分かりました。この点でも、ミミウイルスは一般的なウイルスとは性質が異なり、その複製機構は自立性が高いと言えます。また、ゲノムに保持される遺伝子の半分以上が機能未知です。宿主細胞を利用して自身を複製するために、1000個もの遺伝子が必要なのでしょうか。なぜミミウイルスは1000個もの遺伝子を保有しているのでしょうか。例えば、新型コロナウイルス(SARSコロナウイルス2)は30個程度のタンパク質しかコードしていませんし、A型インフルエンザウイルスは8個しか遺伝子を持ちません(注2)。巨大ウイルスの遺伝子の機能を探求するのは、まるで宝探しをする気持ちになりますね。

巨大ウイルスの多様性

ミミウイルスの発見以来、アメーバを宿主として数多くの巨大ウイルスが発見されました。ミミウイルスなどは正二十面体のタンパク質の殻(カプシド)をまとっていますが、まったく異なる形の巨大ウイルスもいます。壺のような形のパンドラウイルス、まるで壺を引き延ばした形のピソウイルス、球状のモリウイルス。トゥパンウイルスは、正二十面体のミミウイルス様粒子に太い尾部をつけた形で、まるでロケットのようなかっこよさです。また、アメーバ以外の宿主を利用した巨大ウイルス探索は未開拓です。これまで実験で使われていない宿主を用いたら、全く新しいタイプの巨大ウイルスを発見できるかもしれません。

巨大ウイルスの分類

巨大ウイルスは、分類学上ヌクレオサイトウイルス門と呼ばれる2本鎖DNAウイルスのグループに含まれます。このグループのウイルスは、アメーバ、単細胞藻類、動物までを含む様々な真核生物を宿主としています。ヌクレオサイトウイルス門に属するウイルスで有名なのが、約0.2から0.3マイクロメートルの大きさである天然痘ウイルスです。近年、巨大ウイルスの新たなグループ(ミルスウイルス門)も発見されました。

どこから巨大と言えるのか

巨大ウイルスという名称は科学的に厳密に定義されている名称ではありません。粒径ではなくゲノム長に着目して、ゲノム長が100万塩基対を超えるウイルスこそが真の巨大ウイルスであると主張する科学者もいます。また、真核生物ではなく細菌を宿主とするウイルスの中にも大型のウイルスがいます。こうしたウイルスは、巨大ウイルスと区別するためにジャンボファージと呼ばれています。

生態系における役割

巨大ウイルスは生態系でも重要な役割を果たしています。赤潮は植物性プランクトンなどが異常に増殖し海の色が変わる現象です。この異常に増殖し密集した植物性プランクトンに巨大ウイルスが感染することで、植物性プランクトンが大量に死滅し、生態系が正常な状態に復帰すると考えられています(注3)。つまり、プランクトンの世界でもウイルスは宿主の「密」に乗ずるのです。また、海洋による二酸化炭素吸収における役割も示唆されています。植物性プランクトンが死滅すると、その死骸の一部が深海に沈降します。この藻類死滅と沈降のプロセスを促進することにより、巨大ウイルスは海洋における二酸化炭素吸収のプロセス(生物炭素ポンプ)に寄与していると考えられています。

生命進化との関わり

近年、巨大ウイルスのゲノムが様々な真核微生物のゲノムに挿入されていることが判明し、巨大ウイルスが生物のゲノムの進化に寄与している可能性が見えてきました。真核生物の進化における大きな謎の一つが、細胞核の起源です。これに関しても、巨大ウイルスが寄与したとする科学者がいます。巨大ウイルスが細胞質内に形成する「ウイルス工場」が、核と類似した性質をもつことから、こうした「核のウイルス起源説」が提唱されています。一説によると、真核生物細胞の特徴の一つである細胞内骨格に関わるアクチンも、進化的に巨大ウイルスに由来するといわれています。科学者はウイルスの遺伝子や感染過程を詳細に解明することにより、進化学分野の大きな謎の解明にも挑戦しているのです。