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日本人のクローン病発症に関わる2ヶ所の遺伝子領域を発見

2013年01月18日 PRESS RELEASE

-ゲノムワイド関連解析でクローン病の遺伝要因を解明-

◇本研究成果のポイント◇ ・日本人のクローン病患者 1,535名と非患者 19,283名を解析 ・新たにクローン病のなりやすさに関係する遺伝領域を2箇所発見 ・難病であるクローン病の診断、治療法応用に期待

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、クローン病のなりやすさに関係する2箇所のゲノム領域を新たに発見しました。これは、理研ゲノム医科学研究センター(久保 充明センター長代行)多型解析技術開発チームの久保 充明チームリーダー、山﨑 慶子研究員を中心とする多施設共同研究1による成果です。 クローン病は腹痛や下痢、発熱、体重減少を伴う原因不明の慢性炎症性腸疾患のひとつです。欧米のグループを中心に100を超える関連ゲノム領域が報告されています。しかしクローン病の原因遺伝子には人種差があり、日本人のクローン病の遺伝的背景はほとんど知られていません。近年、クローン病患者数が著しく増加していることもあり、日本人を対象にした研究が求められていました。 研究グループは、日本人のクローン病患者372人と非患者3,389人について、ヒトゲノム全体に分布する約45万個の一塩基多型(SNP)2を用いたゲノムワイド関連解析(GWAS) ※3を行いました。GWASの結果より統計学的にクローン病の関連が強く疑われる63個の SNPを選択し、別の日本人集団(クローン病患者1,151人、非患者15,800人)にて再現性を確認しました。その結果、新たに「4p14」、「13q14 (SLC25A15-ELF1-WBP4)」という2つのゲノム領域が、クローン病のなりやすさと強く関連していることが分かりました。また、欧米諸国から報告されているクローン病のGWASと本研究を比較したところ、関連の強さが大きく異なったため、日本人に特有のクローン病関連遺伝子領域があることが明らかになりました。 今回の発見は、日本人のクローン病の新たな治療法、診断法の確立につながることが期待できます。 本研究成果は、消化器学で最も権威のあるアメリカ消化器学会発行の専門誌『Gastroenterology』に掲載されるに先立ち、オンライン版(12月21日付け)に掲載されました。

1.背景 クローン病は潰瘍性大腸炎と並び、炎症性腸疾患と称される難治性の病気です。口腔から肛門までのあらゆる部位に、炎症や潰瘍(粘膜が欠損すること)がおこり、腹痛や下痢、血便、体重減少などが生じます。我が国ではまれな病気と考えられていましたが、1970年代に約100人程度だった患者数が年々増加し続け、2012年には3万人を突破しました(厚生労働省 特定疾患医療受給者証所持者数より)。罹患率は欧米諸国に比べて低いものの、増加傾向が続けばその差は縮まっていくと予想されています。発症のピークは若年者であることが知られていますが、根治療法がないため、発症後、生涯にわたるQOL(生活の質; quality of life)の低下と医療費が社会的問題になっています。発症の原因ははっきりと証明された説はありません。最近の研究から、何らかの遺伝子の異常により、外来の抗原(食事の成分、異物、細菌・ウイルスなどの病原体など)の侵入やそれに対する免疫系の反応が異常をおこし、クローン病が引き起こされると考えられています。近年、ゲノム全体を調べて、病気の原因遺伝子を探すゲノムワイド関連解析(GWAS)が盛んに行われるようになりました。クローン病の罹患率が高い欧米諸国から、現在までに100個以上のクローン病の原因遺伝子を報告されています。その一方でクローン病の原因遺伝子が欧米人と日本人とで異なることから、研究グループは日本人を対象としたGWASに挑みました。

2.研究手法と成果
研究グループはクローン病の遺伝的要因を明らかにするため、日本人のクローン病患者372人と非患者3,389人についてGWASを行いました。ヒトゲノム全体に分布する約45万個のSNPを調べ、クローン病の発症と関連しているSNPを検索しました(図1)。次に、関連の傾向を認めたSNPの中から上位63個を選抜し、別に収集した第2の集団(クローン病患者1,151人、非患者15,800人)を用いて関連の再現性を検証しました。その結果、これまでの報告で確認されている3つの領域(MHC (6p21)、TNFSF15(9q32)、STAT3(17q21))に加え、新たに2つのゲノム領域、4p14、13q14 (SLC25A15-ELF1-WBP4)で強い関連を確認しました(表1)。
今回の研究で、5つの領域が日本人クローン病のなりやすさに関係していることがわかりました。なかでもMHC領域は非常に強い関連を示しています(図1)。2010年に欧米諸国が報告したクローン病のGWASでは、MHC領域とクローン病は弱い関連しか示していません。また、欧米人のクローン病で最も強い関連を示す遺伝子群(NOD2,IL23R)は日本人のクローン病とは関連が見つかりませんでした。このことからも、クローン病の原因遺伝子に人種差があることが明らかになりました。

3.今後の期待
GWASにより疾患に関する数多くの原因遺伝子が同定されています。特に、患者数が多い欧米のグループからクローン病の関連するゲノム領域は多数報告されていますが、人種に差がある日本人のクローン病の病態解明にすべてを当てはめることは難しい状況です。今回、新たに発見された2つのゲノム領域を調べることで、クローン病の病態解明や新たな治療法の開発につながることが期待できます。また、今までに発見されたクローン病と関連のある領域を調べることで、新たなクローン病の発症メカニズムが明らかになる可能性があります。

原論文情報:
Yamazaki, K., Umeno, J., Takahashi, A., Hirano, A., Johnson, T.A., Kumasaka, N., Morizono, T., Hosono, N., Kawaguchi, T., Takazoe, M., Yamada, T., Suzuki, Y., Tanaka, H., Motoya, S., Hosokawa, M., Arimura, Y., Shinomura, Y., Matsui, T., Matsumoto, T., Iida, M., Tsunoda, T., Nakamura, Y., Kamatani, N., Kubo, M., "A Genome-Wide Association Study Identifies 2 Susceptibility Loci for Crohn's  Disease in a Japanese Population",Gastroenterology(2012), doi: 10.1053/j.gastro.2012.12.021.


(問い合わせ先) 独立行政法人理化学研究所 ゲノム医科学研究センター 多型解析技術開発チーム チームリーダー 久保 充明(くぼ みちあき) TEL:045-503-9607 /FAX:045-503-9606

研究員 山﨑 慶子(やまざき けいこ)
TEL:045-503-9569 / FAX:045-503-9590

横浜研究推進部 企画課
TEL:045-503-9117 /FAX:045-503-9113

(報道担当)
独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当
TEL:048-467-9272 /FAX:048-462-4715




<補足説明>

※1 共同研究グループ
本研究は、東京大学医科学研究所、社会保険中央病院、九州大学、福岡大学 筑紫病院、札幌医科大学、札幌厚生病院、東邦大学 佐倉病院らと共同で実施した。

※2 一塩基多型(SNP: Single Nucleotide Polymorphism)
ヒトゲノムは、約30 億塩基対からなるとされているが、一人ひとりを比較するとその塩基配列はほとんど同じであり、数百塩基につき1箇所程度異なる塩基配列が存在する。このうち、集団内で1%以上の頻度で認められる塩基配列の違いを多型と呼ぶ。遺伝子多型で最も数が多いのは一塩基の違いであるSNPである。遺伝子多型による塩基配列の違いは、遺伝子産物であるタンパク質の量的または質的変化を引き起こし、病気へのかかりやすさや医薬品への応答性、副作用の強さなどに影響を及ぼすことが知られている。

※3 ゲノムワイド関連解析(GWAS: Genome-Wide Association Study)
ゲノム全体に分布する遺伝子多型を用いて、疾患と関連する遺伝子を見つける方法の1つ。ある疾患の患者(ケース)とその疾患にかかっていない被験者(対照群)との間でゲノム全体を網羅する45万~100 万カ所の多型(おもにSNP)の頻度を調べ、差があるかどうかを統計的に検定することで、疾患と関連する領域・遺伝子を発見する。

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図1:クローン病の発症しやすさに関するゲノムワイド関連解析の結果

日本人のクローン病患者372人と非患者3,389人についてのゲノムワイド関連解析の結果。横軸をヒトゲノム染色体上の位置、縦軸を各SNPのP値(偶然にそのような事が起こる確率)として解析結果をプロット。上方に行くほどクローン病の発症しやすさとの関連が強いことを示す。研究グループらがこれまでの研究で発見したクローン病の関連遺伝子の領域(黒字)に加え、今回新たに2つの関連遺伝子の領域(赤字)を発見した。

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表1:新たに同定した2つの遺伝子領域のSNPとクローン病との関連