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子宮内膜症の発症に関連する遺伝子を発見

2010年07月05日 PRESS RELEASE

―遺伝的な要因を背景にした細胞増殖抑制調節関連遺伝子が発症と関係することを突き止める―

  • 日本人の子宮内膜症をゲノムワイドに解析、遺伝的素因の実態を初めて解明
  • 発見した遺伝子の発症リスクは、1.44倍
  • 子宮内膜症の発症に、細胞増殖抑制調節関連遺伝子の個人差が関与する可能性が明らかに

独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、子宮内膜症の発症に関連する遺伝子(CDKN2BAS)を発見しました。理研ゲノム医科学研究センター(鎌谷直之センター長)と、東京大学医科学研究所ヒトゲノム解析センター長 (中村祐輔)、札幌医科大学外科学第一講座(平田公一教授)との共同研究による成果です。

子宮内膜症は、月経時の激しい腹痛(月経困難症)・不妊などを主訴とする疾患で、日本における子宮内膜症患者は100-200万程度と言われており、近年増加傾向にあります。これまでの研究から子宮内膜症の病態は、遺伝的素因を背景とした子宮内膜組織が卵巣など異所性に増殖することであると考えられてきました。

今回、研究グループは、日本人の子宮内膜症患者1,907例と一般集団5,292例のサンプルを用いてゲノムワイド解析※1を行い、CDKN2BAS遺伝子領域が、子宮内膜症の発症と関連することを発見しました。この遺伝子のリスク多型を持つ人では、1.44倍、子宮内膜症発症のリスクが高くなっていることが分かりました。CDKN2BAS遺伝子は、タンパク質を作らないnon-coding RNAとして知られ、この遺伝子の近傍に存在するp14, p15, p16などの癌抑制遺伝子の発現調節に関与していることが知られています。
 しかし、まだ機能が十分解明されていない遺伝子であり、今後この遺伝子の機能を明らかにしていくことで子宮内膜症の原因が解明され、有効な治療法開発に結び付く可能性が考えられます。

本研究成果は、米国の科学雑誌『Nature Genetics』に掲載されるに先立ち、オンライン版(7月4日付け:日本時間7月5日)に掲載されました。

  1. 背景
    子宮内膜症は妊娠可能年齢女性の5-10%に見られる病気で、子宮内膜が子宮外で増殖する良性疾患ですが、転移や浸潤など悪性腫瘍のような性質も併せ持ち、子宮外に発生した子宮内膜組織がエストロゲンに依存して発育し、月経時には出血をおこします。卵巣などではチョコレート嚢胞と呼ばれる強い癒着を引き起こす嚢胞が発生し、月経困難症はこれによるものです。治療には、薬物療法(偽妊娠療法、偽閉経療法)や外科療法による病巣の摘除などがありますが、難治性のことも少なくありません。また、この病気の30-50%の女性が不妊になると考えられておりますが、詳細な病気の原因はまだ分かっておりません。

  2. 研究成果と手法
    子宮内膜症は候補遺伝子としてインターロイキン、チトクロームP450酵素、マトリックスメタロプロテアーゼについてcase-control関連解析の報告もあるが、現在のところ子宮内膜症と強い関連の認められる遺伝領域は同定されていないのが現状です。

    今回研究グループは、日本人における子宮内膜症の関連遺伝子を見つけるため、BioBanak Japanに集積された子宮内膜症患者1,423名と非子宮内膜症女性1,318名を対象に、ゲノム医科学研究センターの高速大量タイピングシステム※2を用いて、スクリーニング法によるゲノムワイド解析を実施しました。解析を進めたところ、ゲノム上の複数個所に候補領域が見つかりました。これらの候補領域について、2007年から2008年の間にBiobank Japanに登録された子宮内膜症患者391例および慶應義塾大学が収集した子宮内膜症患者93名と非子宮内膜症女性3,974名を用いて、関連の再現性を検討したところ、9番染色体上のCDKN2BAS遺伝子※3内のSNP※4(rs 10965235)領域が子宮内膜症と強く関連していることが分かりました。このSNPにおける子宮内膜症のリスク(オッズ比)は、1.44倍でありました。

    この遺伝子は、癌抑制遺伝子として知られるp14, p15, p16遺伝子の発現量を調節することが知られています。まだ、このSNPがCDKN2BAS遺伝子の機能にどのような影響を与えるのかは不明ですが、子宮内膜症が異所性の子宮内膜増殖性疾患であることから、これらの癌抑制遺伝子の機能が低下することで子宮内膜の異所性増殖が起きやすくなる可能性が推測されます。また、8番染色体上のWNT4遺伝子を含む領域も子宮内膜症と比較的強い関連を示しました。この遺伝子はミュラー管という卵巣や子宮の発生に必要な組織で非常に重要な働きをすることが分かっており、子宮内膜症が女性生殖管の発生過程の過形成から生じる仮説の裏付けになる可能性が考えられました。

  3. 今後の期待
    今回の発見により、子宮内膜症の発症にはCDKN2BAS遺伝子による癌抑制遺伝子の調節遺伝子の個人差が大きくかかわっていることが分かりました。CDKN2BAS遺伝子が、子宮内膜の異所性増殖においてどのような役割を担っているのか、また、複数の子宮内膜症関連遺伝子がどのように組み合わさって機能しているのかを調べることで、この疾患の病態解明が進むと考えられます。さらに、これらの研究により子宮内膜の他部位への生着・増殖機構が明らかにすることができると、子宮内膜症に対する新たな治療法の開発につながることが期待できます。

<補足説明>

※1 ゲノムワイド解析
遺伝子多型を用いて疾患と関連する遺伝子を見つける方法の1つ。ある疾患の患者(ケース)とその疾患にかかっていない被験者(コントロール)の間で、多型の頻度に差があるかどうかを統計的に検定して調べる。ゲノムワイド解析では、ヒトゲノム全体を網羅するような50~100万カ所のSNPを用いて、ゲノム全体から疾患と関連する領域・遺伝子を同定する。

※2 高速大量タイピングシステム
遺伝子型の決定(ジェノタイピング)を高速、かつ大量に行うシステム。 現在、ゲノム医科学研究センターでは、イルミナ社のインフィニウム法と理研が独自に開発したマルチプレックスPCRを併用したインベーダー法の2つのタイピングシステムを用いてゲノムワイド解析を行っている。

※3 CDKN2BAS遺伝子
CDKN2B antisense RNA。 ANRILとも呼ばれる。タンパク質を作らない遺伝子。癌抑制遺伝子として知られるp14, p15, p16の発現量を抑制すると報告されているが、まだその詳細な機能は不明である。

※4 一塩基多型(SNP: Single Nucleotide Polymorphism)
ヒトゲノムは約30億塩基対からなるとされているが、個々人を比較するとその塩基配列には違いがある。この塩基配列の違いのうち、集団内で1%以上の頻度で認められるものを多型と呼ぶ。遺伝子多型は遺伝的な個人差を知る手がかりとなるが、最も数が多いのは一塩基の違いであるSNPである。多型による塩基配列の違いが遺伝子産物であるタンパク質の量的または質的変化を引き起こし、病気のかかりやすさや医薬品への反応の個人差をもたらす。